フィンランドに学ぶ、健やかな暮らし方。ハンドメイドと自然が私たちにくれるもの
「世界一幸福な国」と呼ばれ、そのライフスタイルに大きな注目が集まるフィンランド。
そんなフィンランドの暮らしには、「ハンドメイド」と「自然」が密接に関わっているのだとか。
フィンランド流、ウェルビーイングのカギを探るため、フィンランドのテキスタイルを愛するハンドメイドクリエイターの「neige+ 手作りのある暮らし」の 猪俣友紀さんとともに、フィンランドセンターの所長、アンナ=マリア・ウィルヤネンさんを訪ねました。
とってもパワフルなウィルヤネンさんから、健やかに暮らすヒントを学びます。
◎インタビュイー:フィンランドセンター所長 アンナ=マリア・ウィルヤネンさん
2014年にヘルシンキ大学にて美術史博士号を取得。 UPMキュンメネ文化財団のエグゼクティブ・ディレクター、コミュニケーション・マネージャー、フィンランド国立美術館の開発ディレクター代理を歴任し、2018年よりフィンランドセンター所長に着任。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科の非常勤講師。文化、芸術、経済、女性のエンパワーメントなどさまざまな分野で活躍する。
◎インタビュアー:neige+ 手作りのある暮らし 猪俣 友紀 さん
ヴォーグ学園講師。2005年から「neige+ 手作りのある暮らし」ブログを運営。YouTubeやInstagramなどのSNSで作品を紹介しながら、初心者でも楽しめる作り方を紹介。現在はオンライン講座も開講中。手芸雑誌、映画の手芸監修、メディア出演など幅広く活躍。著書も多数出版。2023年、布探しのために北欧5カ国ひとり旅を実施。
「自分で作る」が当たり前にある暮らし
(猪俣)
初めまして、よろしくお願いします。素敵な毛糸の色ですね。
(ウィルヤネン)
靴下を編んでいるの! こうして編み物をしていると、忙しい時も心が落ち着くんですよ。
(猪俣)
まずはフィンランドのウェルビーイングについて「ハンドメイド」の視点から探りたいと思います。フィンランドでは、年齢や性別に関係なくハンドメイドが身近な存在だと聞きましたが、本当ですか?
(ウィルヤネン)
フィンランドでは家庭で代々ハンドメイドが継承されていますし、19世紀の半ばからは義務教育の一部にもなりました。さらに、フィンランドの女性画家ファニー・チャーバーグが1879年にフィンランドの伝統的な織物を保存継承する「Friends of Finnish Handicraft」という団体を設立したことも、フィンランドにハンドメイドが広がった契機の一つになったと思います。
最近ではコロナウイルスのパンデミックによって、世界中でハンドメイドの人気が高くなりましたね。フィンランドでは、多くの男性が編み物をするようになりました。
(猪俣)
子どもたちもハンドメイドに興味を持っているのですか?
(ウィルヤネン)
私が知る限り、そう思います。学校では編み物と木工の2種類のワークショップが用意されていて、性別関係なく、どちらでも選択できます。一般的に女性が編み物を選ぶことが多いけれど、男の子が編み物に参加することもあるし、女の子が木工に参加することもある。
私の21歳の娘は、自分でセーターを編んでいますよ。
(猪俣)
義務教育では編み物を習うんですね。縫い物も一般的ですか?
(ウィルヤネン)
もちろん縫い物をすることもありますが、フィンランドは寒さが厳しいこともあり、やっぱりニットを編む方が人気だと思います。編み物は手元を見ずに気楽にできますし、毛糸と編み針はミシンに比べると安くて、持ち運びにも便利ですしね。
私はフィンランドと日本を行き来するフライトの時もずっと編み物をしています。フライトアテンダントの方に驚かれることもありますよ(笑)
(猪俣)
やっぱりそうかぁ。ミシンを持ち運べないことがまさに私の悩みなんです(笑)フィンランドは手荷物検査が厳しいイメージでしたが、編み針は機内に持っていけるんですね。私もやってみようかなぁ。
(ウィルヤネン)
昔はNGだったのですが、今は大丈夫! 金属ではなく、白樺でできた編み針を使っているからかもしれません。
(猪俣)
フィンランドは、夏には白夜があり、冬は15時頃には日没を迎えますよね。日照時間の少なさもハンドメイドの発展に関係がありそうですが、どうでしょう?
フィンランドの冬景色(写真提供:アンナ=マリア・ウィルヤネン)
(ウィルヤネン)
もちろん、そういう側面もあるでしょうね。ハンドメイドは外が暗くなっても家の中でできますから。特に編み物という観点では、フィンランドの気候も関係していると思います。厳しい寒さをしのぐため、私たちには羊毛が必要なんです。
それにしても、フィンランドって本当に暗い時間が長いんですよね。朝仕事に行く時も暗い、夕方家に帰ってきても暗い……。はぁぁ……。外が暗いって、人のメンタルを疲弊させるの。だから、編み物には鮮やかな色を使うことが多いんです! あと、フィンランドではみんなが集まれる図書館が人気ですよ。
(猪俣)
フィンランドを訪れた時、ヘルシンキ中央図書館「オーディ」に行きました! 外壁が全て木でできていて、感動しました。
(ウィルヤネン)
人々は図書館でおしゃべりしたり、ねそべったり、編み物をしたり。図書館は、他の人とコミュニティを共有できる場所。髪の毛もメイクアップもどうでもいいの!
(猪俣)
だから、あんなに大きいんだ! オーディにはカフェやワークショップスペースもありますよね。
フィンランドの伝統文化から「編み物クラブ」が誕生
(ウィルヤネン)
フィンランドには100年以上前から、コーヒーを飲んだり、世間話をしたりしながら編み物や裁縫を楽しむ「オンペルセウラ」と呼ばれる伝統があります。
このオンペルセウラにヒントを得て、私は2018年、フィンランドセンターの「編み物クラブ」をスタートしました。この取り組みはすぐに人気になって、センター内では手狭となり、今はレンタルスペースで行っています。
フィンランドセンターで行われた編み物クラブの初回。赤ちゃん連れも参加していました。
(猪俣)
仲間がいると楽しそう! 私は編み物から長いこと離れていましたが、また再開したくなりました。
(ウィルヤネン)
「編み物クラブ」は、パンデミックの時もオンラインで毎月開催していました。気持ちが鬱々となるような時期だったので、私は「コロナ」や「パンデミック」というワードは禁止にして、「コロナ」と言う必要がある時は「サンシャイン」と呼ぶようにしていたの。サンシャーーーーーイン♩
(猪俣)
すごく明るい気持ちになる!
(ウィルヤネン)
この後、編み物クラブを開催するから、ぜひ見学してくださいね。
心身をリラックスさせる、ニットセラピーとは?
デスクで編み物をするウィルヤネンさん。
(猪俣)
フィンランドでは、編み物が持つ癒し効果が注目されているそうですね。「ニットセラピー」という言葉も知りました。
(ウィルヤネン)
無心で表裏表裏……と編み続けられて、心が落ち着くの。
神経心理学(neuropsychology)と学習生理学(physiology of learning)を専門とするヘルシンキ大学のミンナ・フオティライネン教授(脳研究者)が言うように、すべての編み物は、心身ともによい効果があります。編み物は、私たちが普段使っていない部分の脳のエクササイズにもなるので、マッサージや指圧のような作用があるそうです。エンドルフィンが脳から出て、気持ちがリラックスするとも言われています。不眠の時、音楽をかけて20分間編み物をするとよく眠れるという研究もありますよ。作品ができることで達成感も得ることができますしね。
(猪俣)
もしかしたらまさに今、自分に必要なことかもしれません。道具を使ってマッサージするなど、心身のリラックスのために方法はいろいろありますが、好きなハンドメイドで同じ効果が得られるなら、編み物でチャレンジしてみたいです。
つい作品を完成させることに気が向きがちですが、ただリラックスするためだけに編み物をするって、なんかいいですね。
(ウィルヤネン)
以前、編み物クラブに、75歳の女性が参加していたことがありました。彼女は病気を患っていて手も動かしにくい状態だったのですが、編み物が心身ともにいい影響を与えていたのではないでしょうか。
彼女は残念ながら亡くなってしまいましたが、後日息子さんから「編み物クラブに参加できたことが、お母さんの晩年の生きる光だった」と連絡がありました。
(猪俣)
編み物に限らずハンドメイドは心のセラピーになると、私も自身の体験から痛感しています。悩むこと、悲しいことがあってもミシンと向き合っている時間は作ることに無心で集中でき、余計なことを考えずに済みます。実際これまでハンドメイドに救われてきましたし、それがきっかけとなって今こうして活動を続けています。
(ウィルヤネン)
編み物をしていると、肩がリラックスするわ!
(猪俣)
え〜! 私は、編み物をすると肩が凝るけど(笑)
(ウィルヤネン)
「できるかな、難しいな」って気持ちでやっていると肩が凝るから「アイキャンドゥーエニシング!!」という気持ちで、自信を持って編むのよ!
編み物クラブでは、初めに運動するようにしています。「はい立って、星に届くくらい手をあげて、息を吸って〜吐いて〜肩をひいて胸を張って〜」ってね。
自然と編み物は、深いところで繋がっている
森の中で木をハグするウィルヤネンさん。
(猪俣さん)
フィンランドといえば、環境先進国としても知られていますよね。
昨年フィンランドを訪れた時、森林に囲まれた都市を見て感動しました。自然豊かな環境が、国民のサスティナブルへの意識に繋がっているのでしょうか?
(ウィルヤネン)
まさにその通りだと思います。フィンランドは常に自然に敬意を払ってきました。自然は私たちに、たくさんのものを与えてくれるからです。
編み物一つをとっても、その根底に「自然」が息づいていて、それがまたサステナビリティの意識に自ずと繋がっているのだと思います。
例えば、編み物はフィンランドの寒い気候から生まれた文化です。そして、この毛糸は羊の毛からできていて、この鮮やかな色は自然からインスピレーションを得て作られている。気温、素材、色……。自然が編み物の全てに関係しています。
フィンランドの冬景色(写真提供:アンナ=マリア・ウィルヤネン)
(猪俣)
フィンランドでハンドメイドの作り手は、毛糸や布などの「素材を選ぶ」ことについて、どの程度、意識しているんでしょうか。
(猪俣)
フィンランドでハンドメイドの作り手は、毛糸や布などの「素材を選ぶ」ことについて、どの程度、意識しているんでしょうか。
(ウィルヤネン)
とてもいい質問ですね。私が編んでいる毛糸を見てください。鍵のマークがあるでしょう。これが、メイドインフィンランドの証である「キーフラッグ・シンボル」です。このマークを得るには、環境に配慮した方法で作られているかなど、厳しい基準があります。フィンランド人はメイドインフィンランドであるか、サスティナブルな視点で作られているかについて、こだわりを持った人が多いと思います。
私の娘は、羊がどんな場所に住んでいるか、何を食べているか、全て調べたうえで毛糸を選んでいます。
(猪俣)
とても意識が高いのですね。
(ウィルヤネン)
そうでないと生きていけないもの! 私たちの存在自体が、森や湖の自然によって成り立っているから。今、私が使っている毛糸は、フィンランドでとても有名な毛糸メーカー「NOVITA」社のもので、この企業はサスティナビリティの観点でも広く知られています。
NOVITAは編み物クラブのスポンサーでもあるんです。この後の編み物クラブでは、NOVITAのスタッフアンナ=マリア・ケロさんにもオンラインで参加してもらう予定ですから、この機会にぜひ企業の想いを聞いてください。
(ウィルヤネン)
最後に、これは私の意見ですが、クリティカルシンキングとイノベーションが成功の鍵だと思っています。例えば「この毛糸はなぜ青だと思うの?どうして?」と、根本から考えることが、クリティカルシンキングです。フィンランドには、何が真実なのか、なぜ真実だと思うのか、議論をかわす土壌がある。
そして私は、変化をポジティブに、チャンスとして捉えることをおすすめしたい。日本の皆さんには、もっと失敗を恐れず、さまざまなことにチャレンジしてほしいです。
編み物はクリティカルシンキングに通じていると思いますよ。編み物を介してコミュニティが活性化できますし、自分の意見を話して気持ちを分かち合うことができる。
(猪俣)
深い話ですね。素材を選ぶ視点は、長い間クリエイターとして活動を続けてきた中で一番意識が薄かった部分かもしれないと、ここ数年で感じるようになりました。
どんな製品も、私たちの手もとに届くまでに必ず誰かの手が加わっている。それらの製品がどんな素材で、どのように作られ、どのような工程を経て私たちのもとに届くのか。形にしていく私たちクリエイターは、根底にある作り手の思いも大切に受け継いで、価値のあるものに変えていかねばなりませんね。
そして「クリティカルシンキング」。まさにそれは私が伝え続けている「ハンドメイドにルールは存在しない」というメッセージに共通しています。正解のないハンドメイドだからこそ、教科書通りの作り方にこだわらず、発見や冒険を気軽に楽しんでもらえる方法を伝え続けていきたいと思っています。やっぱりハンドメイドは、ジャンルを問わず通じるものがありますね。とても貴重なメッセージをありがとうございました。
(ウィルヤネン)
そろそろ、編み物クラブに行かないといけないんだけど……。大好きなトピックなので、語り続けることができるわ!! 私はいつも喋りすぎるから通訳さんは大変よね、本当にお疲れ様でした(笑)では、後ほど編み物クラブで会いましょう!
ハンドメイドで繋がるコミュニティ「編み物クラブ」へ
2018年からスタートした「編み物クラブ」は大盛況で、今ではオンライン参加も含めると約80名が参加する大所帯になっています。その様子を見学させていただきました。
ニットセラピー、フィンランドの伝統的なハンドクラフト、イースターの文化についてなどなど、幅広い話題でプレゼンテーションを行うウィルヤネンさん。明るいおしゃべりで、会場は和やかな雰囲気に包まれています。
今回は特別にNOVITAのアンナ=マリア・ケロさんもオンラインでフィンランドから参加。企業が大切にする想い、環境保全への取り組みを教えてくださいました。
プレゼンテーションを聞きながらも、手元では自由に毛糸を編んでいる参加者のみなさん。作るものはそれぞれ自由です。周りの人と会話を楽しみながら進む日本版「オンペルセウラ」には、おおらかな空気が流れていました。
フィンランドの自然から生まれた「NOVITA」の毛糸
NOVITAは1928 年、家族経営の工場から誕生した北欧諸国最大の毛糸メーカーです。その製品は日本でも販売されていますが、毛糸が作られるまでのストーリーは、なかなか伝えられる機会がありません。
NOVITAの製品は、羊毛という天然素材から生まれており、色やパターンの多くはキノコやブルーベリーなどフィンランドの自然からインスピレーションを受けて作られています。色鮮やかな毛糸たちは、フィンランドの自然から紡ぎ出されたものなのです。
NOVITAの製造過程は、自然に寄り添ったものとして知られています。編み物クラブでは、化学繊維の割合を減らした毛糸の開発や、リサイクルできる毛糸の開発、熱量を削減したマシンの使用など、環境に配慮した取り組みを教えていただきました。
そのほか、羊たちへの配慮、染料へのこだわりなど、NOVITAは製造にまつわる情報を広く公開しています。さらに2020年からフィンランドでの事業においてカーボンニュートラルを実現し、現在もサプライチェーン全体での実現を目標にいくつもの取り組みをスタートしています。
日本で毛糸が販売される時、その多くはサイズや色、価格のみが提示されていて、サスティナブルな視点で製品を選ぶことはなかなか難しいのが現状です。しかし、ウールの中には、羊に苦痛を与える方法で採集されているものもありますし、環境への影響も製品によってさまざまでしょう。
今後、ハンドメイドの素材を選ぶときは、ウィルヤネンさんに教えていただいた「クリティカルシンキング」と「イノベーション」をヒントに、「私はなぜこの素材を選ぶのか?」と問いかけてみませんか。
素材のストーリーを知ったうえで編んだニットには、物質的だけでない温もりを感じるはずです。
▼フィンランドセンター公式ウェブサイト
▼neige+ 手作りのある暮らし 猪俣 友紀
公式Instagram
https://www.instagram.com/neige__y/
Ameba公式オフィシャルブログ
エキサイト公式ブログ
▼NOVITA 公式ウェブサイト
▼NOVITA ユザワヤ通販サイト
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